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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)422号 判決

第一審原告(第四二二号控訴人・第一九一号被控訴人) 山口ミチ

第一審被告(第一九一号控訴人・第四二二号被控訴人) 永島徳次郎

主文

原判決を左の如く変更する。

第一審被告永島徳次郎は第一審原告山口ミチに対し別紙〈省略〉第一目録記載(イ)及び(ロ)の建物を明渡し、且つ別紙第二目録記載(ハ)の土地を同地上に存する(ニ)の建物を収去して明渡すべし。

訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。

事実

昭和二十九年(ネ)第四二二号事件控訴人、同年(ネ)第一九一号事件被控訴人(第一審原告)山口ミチ(以下第一審原告とする)の訴訟代理人は、昭和二十九年(ネ)第四二二号事件につき、「原判決中第一審原告勝訴の部分を除きその余の部分を取消す。同号事件被控訴人永島徳次郎は第一審原告に対し別紙第一目録記載(イ)の建物を明渡すべし。訴訟費用は第一、二審とも同号事件被控訴人の負担とする。」との判決を、昭和二十九年(ネ)第一九一号事件につき、控訴棄却の判決を求め、昭和二十九年(ネ)第一九一号事件控訴人同年(ネ)第四二二号事件被控訴人(第一審被告)永島徳次郎(以下第一審被告とする)の訴訟代理人は昭和二十九年(ネ)第一九一号事件につき、「原判決中第一審被告勝訴の部分を除きその余の部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を、昭和二十九年(ネ)第四二二号事件につき、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方代理人の事実上の陳述は、第一審原告訴訟代理人において、「第一審原告が昭和二十七年三月十八日に支払の催告をした延滞家賃は、昭和二十六年七月分より昭和二十七年三月分に至る九ケ月分金千八百円であるのに、第一審被告は、本件建物の敷地の使用は建物の賃貸借の内容に含まれていて、別に敷地の賃貸借は存在せずまたその外に賃貸していない土地につき三十一坪九合を賃借していると称し、本件建物の賃料の外宅地八十七坪二合八勺に相当する地代なるものをも一括してその受領方を強要し、第一審原告が受領を拒絶したとして供託しているが、これは債務の本旨に従つた履行の提供ではない。また第一審被告主張のような速達郵便は、昭和二十七年三月三十一日には到達しなかつたが、翌四月一日に到達したけれども、これは受領を拒絶した。第一審被告主張の如き供託のあつた事実は認める。第一審被告が本件建物に附属する庭園を無断で取毀し、石燈籠、庭石、庭木等を縦に運び去る如き、賃貸借を継続し難き背信行為をなしたという事実をも第二次請求原因の解約申入の正当事由中に追加する。別紙第二目録記載の豚小屋は間口十五尺奥行七尺建坪二坪九合一勺であり、同宅地の面積は当審における検証の結果判明したとおり、西側境界線(長さ三十四尺)より東方へ三間半の各点を結ぶ右境界線との平行線を以つて劃した矩形の部分約二十坪であるから、第二目録の記載をこのように補充訂正する。そして右宅地は昭和二十二年一月から昭和二十五年十二月末まで、第一審被告に、隠居所の仮設建物建設のため一時使用の目的で、賃料は昭和二十三年十二月迄は一ケ年七十五円、その後は一ケ年三百円として、賃貸したことはあるが、昭和二十五年中に第一審被告は田沼町大字田沼四百九十八番地の八にできた新築家屋に移つて右仮設建物を取毀し、同年十二月末に、宅地の一時的賃貸借は合意解除となつたから、第二目録宅地を第一審被告が占有しているのは不法占拠である。」と述べ、

第一審被告訴訟代理人において、「第一審原告が請求の基礎に変更のある請求の原因の変更をなしたから異議があるという主張は、撤回する。また原判決事実摘示に『解除の意思表示の点は認める』とあるのは、昭和二十七年三月十八日附催告及び停止条件附解除の意思表示のあつたこと並びに同年十月十七日附解約申入の意思表示のあつたことを認める趣旨である。第一審原告がいう別紙第二目録記載宅地の賃貸借が一時使用の目的のもので、昭和二十五年十二月末に合意解除となつたとの事実は否認する。

本件土地建物の賃料の合意値上の点につき、裏の家(別紙第一目録記載の(ロ))の家賃は、昭和二十三年一月分から一ケ月十円に、昭和二十三年十月分から一ケ月四十二円に、第二目録記載宅地の地代は、昭和二十四年一月から一ケ年三百円に、昭和二十五年七月から前の家(別紙第一目録記載の(イ))裏の家(同(ロ))及び地代を含み一ケ月三百円に、同年十月からは前の家賃と地代と併せて一ケ月二百円、裏の家一ケ月百五十円合計三百五十円となつたと訂正する、第一審原告方へ家賃等を持参提供せしめたのは、昭和二十七年二月十八日には訴外柳田幸司、同年三月三十一日には訴外亀田茂重郎を、それぞれ代理人としたのであると訂正する。その際持参せしめた金額は、第一審原告からの延滞賃料催告書に額の記載がなかつたので、安蘇郡田沼町役場で調査した本件家屋と宅地の公定賃料合計額一ケ月五百三十八円として、昭和二十六年七月分ないし昭和二十七年三月分計九ケ月分四千八百四十二円となるところ、概算五千円としたのである。そして右三月三十一日に訴外亀田が受領を拒まれ帰来したので、即日更に九ケ月分の家賃地代合計四千八百四十二円を郵便為替に組み、速達で郵送したから同日第一審原告方に到達したのに、これまた返送された。そこで第一審被告は宇都宮地方法務局に対し家賃及び地代として、前記計算により昭和二十七年四月十六日に昭和二十六年七月以降同十二月迄六ケ月分三千二百二十八円を供託し、その後昭和二十七年七月三日、昭和二十七年十二月二十六日、昭和二十八年六月三十日、昭和二十八年十二月と、いずれも右同様六ケ月分宛同金額を長男永島友次郎名義を以つて供託している。」と述べた外は、原判決事実摘示の記載(但し三枚目記録二七一丁裏三行目に一ケ月七十五円とあるのは一ケ年七十五円の誤記)と同一であるから、ここにこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

成立に争なき甲第三号証、同第四号証、同第八号証の一、二、同第十六号証、同乙第一号証、並びに原審証人加藤ヨシ、同中田清兵衛、同川上孝、同庄司文子、同金村スイ、当審証人加藤ヨシ、同永島ヨシ(一部)、同永島スイ(一部)の各証言、原審及び当審(第一回)における第一審原告山口ミチ本人尋問の結果、原審(第一回)及び当審における検証の結果と弁論の全趣旨とを総合して調べてみると、次の事実を認定することができる。

(1)  別紙第一目録記載の(イ)の家屋は、もと訴外亡石橋イクの所有であつたのを、第一審原告の亡夫山口正三が買受けて所有権を取得し、また別紙第一目録記載の(ロ)の家屋は、右山口正三が十余年前に(イ)の家屋の西方裏手に建築した離れ家であり、正三の死亡により第一審原告が相続して右(イ)(ロ)の二棟の家屋の所有権を取得して、現在に至つている事実。

(2)  第一審被告は四十余年前訴外亡石橋イクから右(イ)の家屋の南側半分を賃借し、その北側半分は他の者が二、三替つて賃借していて、家屋所有者の変るごとにその賃貸借が承継せられ、昭和二十一年十月に家賃届をした頃には、南側は第一審被告が、北側はその長男永島友次郎が、第一審原告から各別に、賃料各二十円毎年一月一日と六月一日に半年分前納の約で、賃借していたような形になつていたが、実際はその頃は第一審被告が第一審原告から(イ)の家屋全部を、賃料一ケ月四十円で賃借していたものであり、その後昭和二十六年一月以降は、右家賃が一ケ月金二百円に合意値上となつた事実。

(3)  前記(ロ)の家屋には建築の後前記石橋イクが住み、その死後は第一審被告の方で使つていて、賃貸借がどうこういうやかましいこともなく、終戦前から第一審被告の親戚やその他の者が順次替つて使用し、賃貸借の当事者の関係はあいまいであつたが、その賃料はとにかく(イ)の家屋の分とは別にきめてあつて、前記(イ)の家屋の賃貸借中に当然包含されていたのではなく、昭和二十六年九月から昭和二十七年五月までは、訴外庄司文子が直接第一審原告の代理人加藤から賃料一ケ月二百円で賃借していたことがはつきりしていて、同訴外人の退去後は、これを第一審被告に賃貸したことがないのに、現在まで依然第一審被告が占有使用している事実。

(4)  別紙第二目録記載の(ハ)の宅地は、第一目録記載家屋の敷地の西南西に地続きとなつている第一審原告主張の如き面積の土地で、第一審原告の所有するところであり、右家屋敷地との間には何等の囲障もなく、現在第一審被告方で、占有使用しているが、昭和二十二年頃第一審被告が無断でバラツクの隠居所を建てたので、第一審原告は同年一月から第一審被告に対し、一時使用の目的で、面積を目算で三十一坪九合とし、賃料当初は一ケ年七十五円、昭和二十四年一月以降は一ケ年三百円として賃貸し、前示(イ)の家屋の賃貸借の中にその一部として包含せしめたのではなく、且つ昭和二十五年十二月末に地上バラツクを第一審被告の方で取払つて、当事者間合意賃貸借を解除し、昭和二十六年一月以降は賃料の支払もなくまた現在地上には第一審被告所有の別紙第二目録記載の(ニ)の豚小屋の存する事実。

そして(5) 第一審原告が昭和二十七年三月十八日に第一審被告に対し、前示(イ)の家屋の昭和二十八年七月分以降昭和二十七年三月分までの賃料を同年三月三十一日までに支払うべく催告し、もしその支払なきときは賃貸借を解除すべき旨の停止条件附解除の意思表示をしたことは、当事者間に争なく、

また原審証人柳田幸次、同亀田茂重郎、同川上孝、原審及び当審証人永島スイ(各一部)の各証言、原審における第一審原告山口ミチ本人尋問の結果、成立に争なき甲第四号証、同乙第二号証の一、二、三、原審証人亀田茂重郎の証言により成立の認められる甲第十一号証を綜合すると、(6) 第一審被告は右第一審原告からの催告により、当時まだ支払つてなかつた昭和二十六年七月分以降九ケ月分の賃料を支払わんとして、催告書に金額の記載なきため、安蘇郡田沼町役場につき、本件(イ)(ロ)の家屋及びその敷地をも含めた別紙第二目録に記載の土地八十七坪二合八勺全部の公定賃料が、合計して一ケ月五百三十八円であることを調べ、その割合によると九ケ月分で四千八百四十二円になるところ、訴外柳田幸次同亀田茂重郎をそれぞれ代理人として催告期間内に二回に亘り、現金五千円を持参せしめ鹿沼市の第一審原告方に赴きこれを提供させたが、第一審原告は(イ)の家屋の前示約定賃料一ケ月二百円の割で一千八百円ならば受領するが、貸してない土地の地代等まで一緒では受取れないとて拒絶したので、第一審被告は右催告期間の末日たる同年三月三十一日に、右四千八百四十二円を郵便為替に組んで速達で第一審原告に郵送し、それが翌四月一日に到達した事実を、認めることができる。

以上認定の(1) ないし(4) 及び(6) の事実に反する原審及び当審証人永島ヨシ、同永島スイの証言部分は措信できない。また乙第一号証中に多少まぎらわしい記載もあるが、これは当審証人加藤ヨシ、同加藤宏の証言に対比してみると、前示認定の妨げとなるものではない。

そこで以上の事実に基ずいて、第一審原告の本訴請求の当否を順次判断する。

一、別紙第一目録記載(イ)の家屋の明渡請求について。

(一)  第一次の賃料不払による賃貸借解除を原因とする請求について。

前示(1) ないし(4) に掲記の如く、昭和二十七年三月頃第一審原告は第一審被告に対し、本件(イ)の家屋を賃料一ケ月金二百円で賃貸してあり、当時本件(ロ)の家屋及び本件(ハ)の宅地は、第一審被告のいうようにこの賃貸借中に包含せられていたのではなく、全然賃貸していたのでもなかつたが、前示(5) の第一審原告の延滞賃料支払の催告に接し第一審被告は、前示(6) 掲記の如く右賃借していない宅地及び家屋の分の公定賃料額をも併せて、催告期間内に現実の提供をしたわけである。なるほど支払う義務のある延滞賃料よりはるか多額の現金を提供したのであるから、これが受領を拒めば一応債務者には遅滞の責がないように考えられる。しかし本件の場合のように(ロ)の家屋と(ハ)の土地が前記(イ)の家屋と同一賃貸借の目的物となつているかどうかが争われている際に、所有者の方でその分の賃料を受領すれば、それが賃貸の目的物となつていることを承認したという有力な資料となる虞あることは当然であるから、所有者たる賃貸人がその分の賃料をも含めての金額ならば受領しないというのは、むしろ普通のことである。そして第一審被告の方でそれをも含めた額でなければ支払わぬ意思であつたことは、前示の如く代理人においてこれをそのまま全部持ち帰り、その報告を聞いた筈の第一審被告が、争のある部分の賃料の支払を後日にする等のこともせず、依然全額で郵便送金した事実に徴しても、窺えるところである。してみれば本件の場合の右催告額を超えた金額の提供は、債務の本旨に従つた履行の提供とは云えないので、第一審被告は履行遅滞の責を免れず、第一審原告の停止条件附解除の意思表示はその効力を生じ、催告期限たる昭和二十七年三月三十一日の経過と共に、本件(イ)の家屋の賃貸借は解除となつたものと云わねばならぬ。よつて賃借人たる第一審被告は、その目的物件たる(イ)の家屋を賃貸人たる第一審原告に返還すべき義務があり、これが明渡を求める第一審原告の請求は正当として認容せらるべきものである。

(二)  第二次の正当事由による解約申入を原因とする請求について。

右(イ)の家屋の賃貸借が第一審原告主張の如く解約申入の発効によつて終了したから、これが明渡を求めるという第二次の予備的請求については、すべて前段(一)に説示の如く第一次の請求で(イ)の家屋の明渡が認容せられたから、もはや判断の必要をみない。

二、別紙第一目録記載(ロ)の家屋の明渡請求について。

前示(1) 及び(3) に掲記の如く、第一審原告所有の家屋を現在第一審被告が賃借権なく占有使用しているのであり、その他に第一審被告がこれを占有する正当な権原につき何等の主張立証もないのであるから、第一審原告が所有権に基ずきこれが明渡を求める請求は、認容すべきものである。

三、別紙第二目録記載(ハ)の土地の明渡請求について。

前示(4) に掲記の如く、第一審原告所有の土地を現在第一審被告が賃借権なく占有使用していて、その地上には同人所有の同目録記載(ニ)の豚小屋が存在し、その他に第一審被告がこれを占有する正当な権原につき何等の主張立証もないのであるから、第一審原告が所有権に基ずき地上の豚小屋を収去してこれが明渡を求める請求は認容すべきものである。

然らば第一審原告の本訴請求((ハ)の宅地の面積については当審で訂正したとおりとして)は、全部正当としてこれを認容すべく、原判決中(イ)の家屋明渡請求を棄却した部分は、相当でないから民事訴訟法第三百八十六条によりこれを取消すべきであり、その他の第一審原告の請求を認容した部分は、理由を異にするけれども相当であつて、第一審被告の控訴は同法第三百八十四条第二項により棄却を免れず、よつて主文の如く原判決を変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき同法第九十六条、第八十九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)

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